日本人の心を育てた昔話①

子どもが小学生の頃、その小学校で絵本を読んだり、昔話を語ったりするボランティア活動を5年間続けていました。



子どもが2年生の時、同級生からちょっかいを受けました。学校までの行き帰りにからかわれて嫌だと言うので、しばらく一緒に歩くことにしました。その後、学校の中でも一緒にいてほしいと言われたので、ボランティア団体に加わることにしました。



このボランティア団体が、非常に真面目な組織でした。先輩が後輩の面倒をキッチリと見るという風習がありました。

元教師のママ達や、心理カウンセラーの現職のママも在籍していて、子どもの心理状態を把握しながら活動していました。

私自身も大学で教員免許を取得し、発達心理学を多少学んでいましたので大いに共感しました。

ところが初回の練習時に厳しく注意されました。



それまで、絵本を軽く見ていました。

だって子ども用の本でしょ?

絵がついているんでしょ?

読むのなんて簡単でしょ?

何となくサラサラと一読した後に、先輩達の前で事前読みを行いました。

途中でつっかえたり、本を持つ手がユラユラしたり、ページをめくる手がバタバタとしました。

『えーと工藤さん、これ何回練習しました?』

(い、1回だけです…)

とはとても言えずに黙っていました。

『学校は公共機関です。母親であっても外部の人間です。学びの時間に外部の人間が入ることを軽く考えないでください。』

『はい…』

消えいるような声で返事をするのがやっとでした。



私が間違っていた…

甘かった。しっかりやろう。

そうだ、自分の子どもも見ている。

みっともない姿は見せられない。

絵本と昔話に真剣に向き合ってみよう。



向き合ってみると、実に奥深い世界でした。

絵本と一口に言っても様々な種類があります。

創作絵本、昔話絵本、科学絵本、ナンセンス絵本、日本のもの、外国のもの…

それらも年齢別に味わえるものが変わってきます。子どもの脳の発達段階によって理解できる内容が異なるからです。

年齢と発達段階に適合した、ピッタリの絵本を読むと、子ども達は驚くほどの集中力を見せます。

シーン…と教室全体が水を打ったように静まり返り、子ども達の全ての目が絵本に注がれます。

読み終えて、最後に絵本を閉じると、

『ほぅ…』

とみんなが小さな溜め息を漏らします。

みんな揃って本の中を旅したような満足感でした。

その満足感を得るために、1ヶ月かけて絵本を読み込み、毎回ほぼ全文丸暗記して行きました。

私たちに与えられた時間は10分間。この10分間に自分の力を出し切ろうと誓って向き合いました。



子ども達の年齢別の反応も面白かったです。

低学年のうちは、私たちに親しげに話しかけてきました。

『わー!今日は開きよみかぁ!』

私たちの顔を見るとそれだけでピョンコピョンコ飛び跳ねていました。



中学年になると、目線だけ合わせて会釈する子たちが増えました。

『あ、ども…』

こちらもそれに合わせました。



高学年になると、男の子はほぼ無視。

ハハハ、そんなもんだよね。

逆に女の子は大人で、ほんのちょっと色っぽくなって『おはようございま〜す』と長い髪をなびかせてにこやかに挨拶してくれました。

(あ、綺麗になったね…。っていうか私、負けてる?)

なんて思いながら、1ヶ月おきに見る子どもの成長のスピードに舌を巻きました。



昔話の語りにも力を入れました。

5分くらいのお話を全て覚えて語るのです。

一語一句間違えないように、忠実な語りを目指しました。

子どもたちの目の前に、情景が浮かぶよう、お話の時代背景を調べたり絵図を描いたりしたこともあります。

語り手のイメージが、そのまま聞き手に伝播するからです。

この昔話の語りの経験が、今の私のアナウンスの原型になったとも言えるかもしれません。

とても貴重な経験でした。



昔話には人の耳目を強烈に引きつける力があります。

『それで?それで?』

と、つい前のめりになってしまう強烈さです。

小1(6才)〜小6(12才)までを満足させるのですから、すごいとしか言いようがありません。

子どもは非情な聞き手でして、飽きると目の前であくびをしたり、寝っ転がったりします。

飽きさせないためには完成度が高くないといけません。

そしてその根底に愛情がないといけません。

『私すごいでしょ?』

なんて自分の能力を見せ付けたりしたら、その嫌味さを子ども達は敏感に感じ取ってそっぽを向きます。

私は5年間、知らず知らずの間に最高のプレゼンの訓練をさせてもらっていました。



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《昔話のすごいところ》

●言葉はどれも平易。発音しやすく、理解しやすい。聞き間違いを起こさない。

●お話の展開が早くて聞き手を飽きさせない。

●語り口が丁寧で優しい。

●文法が正確。

●接続詞の使い方が絶妙。冒頭の接続詞でその後の展開を予測できる。

●お話の根底に愛情がある。人間愛、動物愛、自然環境への愛など。温かい眼差しが根底に流れている。

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これらは大人同士の仕事の現場でもすぐに活かせるプレゼンのノウハウです。

動画の視聴回数を上げるためにすべきことの全てが昔話の語りに含まれています。



昔話の語りの現場で、語り手と聞き手の脳波の出方を調べたチームがいたそうです。

・語り手の脳は前頭葉が活発な反応を見せた

・聞き手の脳は大脳辺縁系が活発な反応を見せたと聞いたことがあります。

前頭葉は理性を司るところで、全体を把握しながら物事を進める論理性やマネージメント能力を発揮するときに活動すると言われます。

大脳辺縁系は本能的な欲求が起こる時に活動すると言われます。



大脳辺縁系は、お母さんが子どもに優しく語りかける時に活動する部位だそうです。

子どもにしても、大人にしても、昔話を聞いている時には、お話の奥にある『お母さんの愛』を感じて安心しているのだそうです。



お話を伝えて、味わってもらうためには、もちろん高度なテクニックも必要です。

お話の進行速度と共に、理解が追いつかなければいけないからです。

目の前にいる聞き手全員を、誰一人残すことなくお話の船に乗せていくのです。



しかしテクニックだけでもダメなのです。

人間はみんな愛が欲しい。

優しくしてほしい。守ってほしい。

そういった根源的な欲求も昔話は満たしてくれます。



テクニックと愛情の両輪を持って進む。

何も昔話の語りだけに必要なことではありません。全ての現場で必要とされる力だと思います。

仕事でも、プライベートでも、この両輪は人生を豊かにしてくれるものとなるでしょう。

お稽古や、動画の配信を通じて、皆様にお伝えして行きたいと思います。

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和から学ぶ気品ある仕草 美しい所作教室

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2022-08-2

2023年06月09日